第17回:家族信託とは?認知症になる前に知っておきたい財産管理の新常識
「親が認知症になったら、実家を売ることもできなくなるって本当ですか?」
はい、残念ながらそのとおりです。認知症などで判断能力が低下すると、不動産の売却や預金の引き出しといった法律行為ができなくなります。介護費用を捻出するために実家を売りたくても、名義人の親に判断能力がなければ、売却手続きは進められません。
こうした「認知症による資産凍結」を防ぐ方法として、近年注目されているのが「家族信託」です。今回は、家族信託の仕組みやメリット、注意点をわかりやすく解説します。
家族信託とは?
家族信託とは、信頼できる家族に財産の管理・運用・処分を任せる仕組みです。「信託」というと銀行や信託会社を思い浮かべるかもしれませんが、家族信託は家族間で行うもので、信託銀行は関与しません。
3つの登場人物
家族信託には、次の3者が登場します。
- 委託者:財産を託す人(例:父)
- 受託者:財産の管理を任される人(例:長男)
- 受益者:財産から生じる利益を受ける人(例:父本人)
典型的なケースでは、父(委託者)が長男(受託者)に自宅の管理を託し、父自身(受益者)がその自宅に住み続ける、という形になります。
父が元気なうちに信託契約を結んでおけば、将来、父が認知症になっても、長男の判断で自宅を売却したり、賃貸に出したりすることができます。
(出典:信託法 第2条、第3条)
成年後見制度との違い
「認知症になったら成年後見制度があるのでは?」と思われる方もいるでしょう。たしかに、成年後見制度も判断能力が低下した方の財産を守る制度ですが、家族信託とはいくつかの点で大きく異なります。
| 家族信託 | 成年後見制度 | |
|---|---|---|
| 開始時期 | 判断能力があるうちに 契約 | 判断能力が低下した後に申立て |
| 財産の柔軟な運用 | 可能(売却・建替え・投資等) | 原則として財産の維持・保全のみ |
| 不動産の売却 | 受託者の判断で可能 | 家庭裁判所の許可が必要 |
| ランニングコスト | なし(家族が管理) | 専門職後見人の場合、月2〜6万円程度 |
| 身上監護 | できない | 可能(施設入所の契約等) |
家族信託の最大のメリットは、財産管理の柔軟性です。成年後見制度では、家庭裁判所の監督のもと「本人の財産を守る」ことが最優先されるため、たとえ本人のために売却する場合でも手続きが煩雑で時間がかかります。
一方、家族信託には「身上監護」の機能がありません。施設への入所手続きや医療の同意といった身の回りの法律行為は、家族信託ではカバーできないため、必要に応じて成年後見制度と併用することもあります。
不動産オーナーにとっての家族信託のメリット
家族信託は、特に不動産を所有している方にとってメリットが大きい仕組みです。
メリット1:認知症になっても不動産を売却・活用できる
先述のとおり、受託者の判断で不動産の売却や賃貸が可能です。「介護施設に入るから実家を売って費用にあてたい」というケースにも柔軟に対応できます。
メリット2:賃貸物件の管理を引き継げる
アパートやマンションを所有している場合、オーナーが認知症になると修繕の判断や賃貸借契約の締結ができなくなります。家族信託で管理を任せておけば、受託者が管理業務を引き継げます。
メリット3:遺言に近い機能を持たせられる
信託契約のなかで「父が亡くなった後は、受益権を長男に引き継ぐ」といった内容を定めることもできます。さらに、「長男が亡くなった後は孫に」といった数世代先の承継まで指定できる「受益者連続型信託」も可能です。これは遺言ではできない家族信託ならではの機能です。
家族信託の費用の目安
家族信託を設定する際の費用は、主に以下のとおりです。
| 項目 | 費用の目安 |
|---|---|
| 専門家(弁護士・司法書士)への報酬 | 30〜70万円程度 |
| 公正証書の作成費用 | 3〜10万円程度 |
| 不動産の信託登記費用 | 登録免許税(固定資産税評価額の0.3〜0.4%)+司法書士報酬 |
トータルでは50〜100万円程度が一般的な目安です。信託する財産の規模や契約の複雑さによって変動します。
一見すると高額に思えるかもしれませんが、成年後見制度で専門職後見人に月数万円のランニングコストがかかり続けることを考えると、長期的にはコストを抑えられるケースも多くあります。
家族信託の注意点
注意点1:判断能力があるうちに契約する必要がある
家族信託は「契約」ですので、委託者に判断能力があることが前提です。すでに認知症が進行して判断能力が失われている場合は、家族信託を利用できません。「まだ元気だから大丈夫」ではなく、元気なうちにこそ検討すべき制度です。
注意点2:遺留分侵害に注意
家族信託を使って特定の相続人に有利な設計をした場合、他の相続人の遺留分を侵害するおそれがあります。遺留分を侵害された相続人は「遺留分侵害額請求」を行える可能性があるため、設計時には十分な配慮が必要です。
注意点3:税務上は「贈与」にならないように設計する
委託者と受益者が同じ人(父が委託者かつ受益者)であれば、贈与税は発生しません。しかし、委託者と受益者が異なる場合は、贈与税が課税されるおそれがあります。税務面の設計は専門家に相談することが重要です。
注意点4:受託者の負担
受託者は財産の管理責任を負います。帳簿の作成や税務申告の補助など、一定の負担が生じます。信頼関係のある家族を受託者にすることが前提ですが、受託者の負担も考慮して設計する必要があります。
「まだ早い」が一番危ない
家族信託は、親御さんが元気なうちにしか始められません。認知症は突然進行することもあり、「来年やろう」と思っているうちに手遅れになるケースもあります。
特に不動産をお持ちのご家庭では、資産凍結のリスクが非常に大きいため、早めの検討をおすすめします。
株式会社玄風では、福岡県内の不動産に関する家族信託のご相談を承っております。顧問弁護士や提携司法書士と連携し、ご家庭の状況に合った信託設計をサポートいたします。「うちも家族信託を考えたほうがいいのか?」というご質問だけでも、お気軽にお問い合わせください。
次回の第18回では、「相続した土地を国に返せる制度」として、2023年に始まった相続土地国庫帰属制度について解説します。